5MC+1DJ ひとりひとりは違う ― だから面白い!
2年前の夏、デイズド&コンフューズド・ジャパンというカルチャー誌のために、サムライトループスのタカツキへインタビューをしたことがある。この原稿を書くために、インタビューが載った掲載誌をもう1度読んでみることにした。
「連帯してやっているっていう意識が希薄なんです。制作にしても、曲によっては参加しなかったりする人もいる。音楽的にもバラバラですね。日本語ラップを好きなやつもいるし、ゴスペルやエレクトロニカ周辺の音を追っかけているヤツもいる。でも、ステージの上ではなぜか一緒にいるんです。バンドという共同体にありがちな一蓮托生の精神。ヒップホップにも『トライブ』という考え方があるけれども、本来みんなは違う人間なのだから、違う個性を楽しめるぐらいがいいっていうか」
当時、Samurai Troopsのキャラクター性についてタカツキはこう話しているが、あれから2年――彼らは少なくない変化を迎えていた。
セカンド・アルバム『ことばのおんがく』、ライヴ盤『SMLIVE』、サード『PALETTE』とリリースを重ねる中、リーダーはタカツキからY.O.G. に代わったし、何よりいま、こうしてメジャー・デビューも果たそうとしている。そんな変化の中―2年前にタカツキが話した「連帯してやっている意識が希薄」ということ。この原理原則はいまも変わっていない。Y.O.G.、タカツキ、メテオ、ZOM、ZOEという5人のラッパー。そしてDJのカトウケイタ。彼らはひとつのトライブとして声高な主張しない。皮膚感覚として持つ音楽もバラバラなら、見た目もバラバラなのである。中でも飄々としていて文学青年風のタカツキと、モロにBボーイ然としたメテオは特に好対照だし、実際会ってみると会話の内容~考えていることにも相当な距離感があった。タカツキが「現代思想」とか「思考実験」、「失踪癖があるんです」などと話していたかと思えば、メテオはパーティー・カルチャーとしてのヒップホップの話を延々としながら、その中で自分はこんなオピニオンを発信していきたい――そんな話をしていた。レコーディングのプロセスも変わっていて、これはDJのカトウケイタから聞いたのだが、彼らの多くは自分でトラックを作ることが出来て、スタジオに入った時にはいくつもの音源が飛び交う。音源には当然、メンバーたちから「いいね」とか「これはちょっと……」という具合にジャッジが下されていくわけだが、とにもかくにも曲が決まる。すると、次は誰がマイクを握るのかという話になるのだが、ここに彼ららしい流儀が貫かれている。曲を気に入ればマイクを握るし、そうでなければ握らない。しかしマイクを握らなかったことに対して誰も何も言わないし、リリックの内容やラップのスタイルについても注文はつけない。
タカツキ主宰のインディ・レーベル「n records」で腕を磨くこと――約4年。ついに彼らが『BEATNIKS』を片手にメジャー・デビューを果たすわけだが、内容に話が及んだ時、彼らは強く「ポップ」を意識したのだと話していた。長くインディペンデントの領域で活動してきた人たちが「ポップ」という単語を出す場合、それは得てして「セルアウト」にすり替わってしまう危険性をはらんでいる。だが『BEATNIKS』を実際に聴いてみて、「セルアウト」を連想する人はいないだろう。これまで磨き続けてきたイキイキとしたマイク・スキルと、ビート・メイキング。ヒップホップにおけるコアな部分はしっかり押さえながらも、過剰にアメリカナイズされたヒップホップ・マナー、歌謡ラップ的な部分にもしっかりと一線を引いている。どうなのだろうか。こういうキャラを持った集団というのは、「いまここ」において貴重なのではないか。カトウケイタとメンバー各人、そして今回トラックメイカーとして参加したSONPUB 等が紡いだジャジーな音色は、全編を通してトロピカルに仕上がっている。往年のブラック・アイド・ピーズを彷彿とさせる軽妙なボサノヴァ、あるいはラテンタッチなビート。さらにはハウス調のビートなども、本懐の切れ味鋭いヒップホップの中に混ぜこんでいる。リリックのテイストは各メンバーのプロフィールを見てもらうとしても、しかしタカツキが言ったように「本来みんな違う人間なのだから、違う個性を楽しめるぐらいがいい」と。これらを突き詰めていった彼らのやり方は、どことなく漂う緊張感もあいまって――路上で「ああでもない、こうでもない」と騒ぎ立てるナイスな群衆のようでもあるが、隠し持った技術は半端なものではなく、キラっと一瞬光った時に「ググッ」と惹きこまれてしまう。そんな力がある











